丈・獅子丸の咆哮 (新館)

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CLANNAD -クラナド- 第14回 「Theory of Everything」

さて、第14回の感想というか、考察になります。

今回もまた、4:3版のあと、ずっと考えてました。

16:9版を観た後、修正してうpしております。


また、相当、長くなっております。ご注意下さい。
Introduction
今回の第14回ですが、前回の感想というか考察で書きました考えを持って、今回の放送に臨みました。前回の感想をお読みになってらっしゃらない方は、ぜひ、これをお読み下さい。
で、視聴前の覚悟としては、場合によっては、Aパートは、原作とはベクトルが真逆になる可能性も視野に入れて。キーになるのは、Bパート。そう思っておりました。
確かに、今回、想像した通り、キーはBパートだったのですが、想像外の箇所で泣かせていただきました。もちろん、特殊事情がありますもので、Bパート演劇部部室での「奇跡」につきましては、号泣ものでした。しかし、想像外の箇所で泣かされるとは、全く思っておりませんでした。。
それにつきまして検証しましたところ、まぁ、いろんなものが出てくるわ出てくるわ…ということで、その思考過程を書いていきたいと思います。



Materials and Methods
画像キャプチャは、FLV形式で保存されたCLANNAD第14回(地上波放送分)より、WindowsPrintScreenを使用してコピーを行い、Paint(Windows添付)を使用して加工し、jpg形式で保存した。原作には、PC用CLANNAD初回限定版(Visualart's/Key, Osaka, 2004)を用いた。



Results
私は、どこでやられたか

「私のお庭は広いから」の言葉以上に、この表情にやられました(Fig.1)。



      Fig. 1 贈呈式直前のことみの表情

Fig.1 は、その時のことみの表情を示しています。このことみの表情の出てくる直前に、前回、私が「ことみの心の底からの笑顔」と書いた「よーし。心のこもったプレゼントをするわよぉ。」の杏の言葉に、うなずくことみの笑顔の回想を持ってきたことで、より一層、この笑顔の素晴しさが引き立ったと思うのです。
この、心の底からの笑顔を連発しつつ、そして、最後に「私のお庭は広いから」と続きました。

ことみが完全に、すべてを吹っ切れたことを示す、大変、良いシーンに仕上がっていると感じました。原作のCGですと、ここまでの、本当に明るい表情には、なっていなかったです(data not shown)。また、このときのことみの動きやしぐさ自体も、これまでとは打って変わったような、非常に女の子らしい動きやしぐさになっていました。固定CGだけではない、動きがあることの素晴しさを感じた瞬間です。

このときのことみの

「私のお庭は広いから」

という言葉は、当然、前回の

「自分のお家と

 芝生のお庭と

 お父さんとお母さん

 私の世界は、それで全部だった」

という回想中のことみの言葉と対をなすものです。


ところで、なぜ、ここで、ことみの笑顔に涙が出てくるんだと私は不審に思いました。
京アニ版CLANNADで、ことみが完全に、ふっきれたのは、いつなんだ?と。



ことみの表情の検証

ということで、ここに至るまでのことみの表情を検証してみました。演劇部部室では当然ながら、強張った表情、そして、泣き顔をしていました(data not shown)ので、それ以前を調べてみました。




    Fig. 2 誕生日当日校門前でのことみの表情

Fig.2に誕生日当日校門前でのことみの表情を示します。左側は「みんな、おはようなの」と言った直後の、右側はバイオリンプレゼント券を渡されて、「ありがとう」と言った直後の表情です。

…………。Fig.2 左側とFig.1 左上はどちらも挨拶直後の表情です。そしてFig.2 右とFig.1 左下は、どちらもバイオリンプレゼント券を手にしたときの表情です。表情のあまりの違いに驚きました。


このときの、ことみ以外の者の表情をFig.3 に示します。



   Fig. 3 誕生日当日校門前でのことみ以外の者の表情

Fig.3左上、右上、左下は、挨拶をした際の杏、椋、渚の表情をそれぞれ示している。また、Fig.3 右下は、バイオリンプレゼント券を渡す直前の杏、椋、渚、朋也の表情を示している。どの表情も、ことみが学校に出てこられたことを喜ぶ、会心の笑みであると考えられます。
しかしながら、Fig.3 右下の杏のポーズは、「劇場版CLANNAD」を思い出させるものがあります。
ここで重要なことは、行為者がFig.3で示したような表情で、挨拶およびプレゼント券を渡しているにもかかわらず、ことみの表情は、Fig.2に示したようなものだったのであるということです。

「ここで、ことみが会心の笑みを見せるはずがない、両親とのことが決着していないのだから。」という考え方もあるとは思います。

しかしながら、原作では、ここで、この誕生日当日の朝、校門前で、ギャグパートが入っているのです。



ここでのギャグパートの有無の意味について

原作では、それはもう、演劇部部室で繰り広げられたのと同じような、ボケツッコミが繰り広げられます。プレゼント券に描かれている「だんご大家族」を巡って、渚の「だんご大家族は変じゃないです」という話が来たりします。
ただ、ギャグだけではなく、原作にあった朋也がことみを説得した際の台詞と同じ内容のことを杏、椋、渚が言うという泣かせる部分もありますが、基本的には、A組担任が来るまでは、ギャグパートです。いや、A組担任も最後に一発、かましてくれますけど…。

原作では、この部分で、「これまでの日常」に戻ったということを言いたいのではないかと思います。つまり、原作では「紳士が父親のスーツケースを持ってくるよりも前に、ことみは、この世界で生きて行こうと決心していた」と考えることができるわけです。別の言い方をすると、原作のことみ編で、もっとも重要だったのは、朋也がことみを「お外」に連れ出すところであると考えていると思われます。つまり、原作においては本編は、ことみを「お外」に連れ出すことであり、「スーツケース」の話はおまけであったと。あくまで比重の問題で、です。


一方、京アニ版CLANNADでは、ここのギャグは完全に削除されています。A組担任の「演劇部室なんてあるの?」というボケ(ツッコミか?)ですら削除されています。真面目一本で押し切っています。これまで、さんざん、ギャグが多すぎる、演出過剰だと言われていたのにもかかわらずです。
つまり、京アニ版CLANNADは、この時点では、まだ、完全に「これまでの日常」に戻っていないということを示しているのではないかと思いました。Fig.2に示したことみの表情も、これまでと同じというよりは、少々、暗い目に感じてしまいます。
すなわち、この後に描写される「紳士が父親のスーツケースを持ってくる」部分をもっとも重要と考えていると推察することができます。つまり、ことみを「お外」へ連れ出す話は、あくまで、前フリであり、本命は「スーツケース」の話であるというわけです。


そりゃ、こんな風に描写されておりますと、原作経験者と原作未経験者の間で、すさまじい、感想の相違が生じるはずだと思います。

さて、ことみはどのような気持ちで、朋也の整備した庭に現れたのでしょうか。次にこれについて考えてみることにします。原作では、このときのことみの気持ちは、驚くべきものであることが、見出されました。


原作のことみは、朋也の行為をすべて否定するために現れた

原作では、ここのシーンは以下のようになっています。

庭の整備を終えて、ことみから受け取った本を読みながら眠ってしまった朋也の前にことみが現れます。

「ずっと、憶えていたの」

「お庭に迷い込んできた、男の子」

「いっしょにおままごとをして、いっしょにご本を読んで」

「いっしょにおにごっこをして、いっしょにかくれんぼをして」

「お母さんのお菓子を、半分こして食べて…」

「私、その男の子のこと、とっても好きだったの」

「だから…」

「ずっと、待ってたの」

この後、朋也は二人で覚えるほど読んだ「たんぽぽ娘」の一節の台詞を口にします。「君はタイムマシンでここに来たんだね」と。そしてあの、「おとといは、うさぎを…」の台詞までを二人で交互に口にしていきます。
これで朋也は、ことみのことを完全に思い出したんだということをアピールします。
そして、「迎えに来た」と言って、ことみに手を差し伸べます。
「行こう…」外の世界に。みんなが待っている場所に。



すると…ことみは、

「わかってた、わかってたの…」

「こんなことしても、なんにも戻ってこない」

「服もちがう、ヴァイオリンもない、髪飾りも、こんなじゃなかった」

「朋也くんも私も、もうちっちゃな子供じゃない」

「お父さんもお母さんも、もう帰ってこない」

「どんなにたくさんご本を読んでも、私は立派な人にはなれない」

「どんなにページを切り取っても、私のしたことは、取り返しがつかない…」

「こんな世界なんて、まちがってる」

「お父さんとお母さんのいない世界なんて、まちがってる」

「どうして、私はここにいるの?」

「私だけ、残ってるの?」

「私も一緒に行きたかった」

「お父さんとお母さんと、一緒に飛行機に乗って」

「一緒に海の底に、沈んでしまいたかった…」

この後、原作では、朋也の一か八かの、ことみ救出のためのウルトラCが炸裂するわけですが、外面だけ見ていると、京アニ版CLANNADでは、後半部分がごっそり削除されているかのような印象を受けるわけです。
しかし、重みが違うわけです。比重が違うわけです。原作では、こちらがメインです。あとの「スーツケース」の話は、おまけです。一方、京アニ版CLANNADでは、こちらの方が単なる前フリです、単に学校まで連れ出せば良いわけです。

しかし、この時の原作のことみ。あらためて、この部分だけ取り出してみますと、残酷なことを言っています。壊れてしまったものは、もう二度と戻らない。言外に、「あなたが一生懸命綺麗にした、この庭だって、昔のお父さん、お母さんのいた庭と同じなんかじゃない」と言っています。。。。
つまり、朋也に自分の負の感情を見せるために現れたと言って過言ではないと思われます。わかりやすく言えば、朋也をフる為に、朋也の前に現れた。

男女の間のことですので、とりあえず、こんなことを言ってみるという状況も存在するには存在するかもしれませんが、しかし、ことみにそのような手練手管があるとは思えません。ですから、おそらくは、それは、ことみの本当の気持ちであると考えられます。


この前フリがあったからこそ、朋也と手をつないで空を見上げ、空の美しさに気が付くところの感動が増すのは事実だと思います。

一方、京アニ版CLANNADのことみは、何をしに朋也の前に現れたのでしょうか?


京アニ版ことみが朋也の前に現れるまでの出来事

しかし、京アニ版ことみが現れるまで、どのような思考をしていたのかということを明確に示す証拠はありません。
そこで、まず、時系列にそって、ことみの視点から、事実を列挙していくことをおこないました。

第12回 Bパートラスト 朋也が父の書斎に現れ、思い出したということを告げる
第13回 Aパート 朋也に、「もうあんな悲しいことはいやなの。大好きなひとを失くすのはいや。今は帰って…」と告げる。
第13回 Aパート 「しばらく休む」「海外留学の話を進めてくれ」と担任に連絡する。
第13回 Bパート 「ことみ、いるんでしょう!出てきなさい!ことみー!」との杏の声。
第13回 Bパートラスト 窓から、朋也、渚、杏、椋が庭の整備をしているのが見える。
第14回 アバン 「ことみー!ちゃんと寝てる?ちゃんと食べてる?明後日の誕生日、わたしたちも楽しみにしてるからねー!」との杏の声。
第14回 Aパート 窓から、朋也が庭を整備しているのが見える。
第14回 Aパート 庭整備を終えた朋也が、テーブルで寝ているのが見える。

どうやら、事実をピックアップしても、ことみの気持ちを明確に示す箇所は存在しないことがわかります。
「しばらく休む」「海外留学の話を進めてください」と担任に告げたときから、テーブルで寝ている朋也を見るまでの間で、どのようにことみの気持ちに変化が生じたのかは、想像するしかなさそうです。
どなたか、この箇所で、ことみの視点から同人小説でも書いていただければ良いのですが。


Discussion
京アニ版ことみが朋也の前に現れた理由
これは、想像するしかない箇所であると思われます。
まず第一に、「反転」があると考えられます。自分が「大好きなひとを失くすのはいや」と思いながら、自分を大好きなひとにその行為を自分がしようとしていることに気が付いたという場合。つまり、このまま海外留学に行ってしまい、自分を大好きなひとの前から姿を消してしまおうとしている行為自体の矛盾に気が付いた。
そのためには、朋也、渚、杏、椋がことみのことを大好きであると示さなければなりません。これは、庭整備をみんなでやっていたことにより、ことみに伝わったと推定できます。

第二の理由として想像できるのが、「大好きな朋也くん」の彼女になりたいという気持ち。これは、有りえないことではないと思うのです。
「一番朋也くんと仲の良さそうに見える渚ちゃんのことも、朋也くんは、恋人じゃないと言っていたの。だから、私だって、大好きな朋也くんの彼女になれるのかも?」と思った可能性は、誰にも否定することはできません。
庭でのことみと朋也の会話を聞いていますと、本当にありそうに思えてきます。

第三の理由として想像できるのが、「杏の怒鳴り声が恐かった」から。
……………。
いや、結構、あると思うのです。おそらく、母親、父親に怒鳴られた経験って、ことみ、なさそうじゃないですか。

まず、おそらくことみは杏のようなタイプの友人は持っていなかった…というか完全に未知の存在のはずです。最初は、いじめっこだと思ったはず。その際に「友達は、作るものじゃなくて、なるものでしょ」と言われました。その次に出会ったときは、「もう友達でしょ」と言って、全身を撫でまわされてました。そして、2度、屋外から声を張り上げて、ことみに呼びかけています。案外、杏が一番、ダイレクトに、ことみのことが大好きで、本当にことみのことを心配しているとことみに伝わったのかもしれません。もちろん、怒鳴り声が恐くてというのは、きっかけに過ぎず、その後、「反転」が生じたのかもしれませんが。

とにかく、どのような理由かは、単純に想像するしかないのですが、事実としては、京アニ版のことみは「自分の力で解決して、自分で折り合いをつけて、自分で日常の中へ戻ってきた」ということになると思います。
一方、原作版のことみは、前述の通り、「朋也の行為を否定し、朋也と決別するために朋也の前に現れた」ということになると思います。


庭での朋也との会話でことみは、どのような状態になったのか

さて、京アニ版では、「自分の力で解決して、自分で折り合いをつけて、自分で日常の中へ戻ってきた」ことみですが、トラウマが解決したわけではないと思います。今後、仮にまた、前々回の椋の事故のような騒ぎが起こってしまった場合、フラッシュバックが起こる可能性は残っているのだと思います。
一方、原作では、朋也のウルトラC的な説得により、トラウマもある程度、払拭されているのではないかと考えられます。それだけの説得を朋也はできたのだと思います。これができたのは、朋也がことみの恋人だったからです。そういう意味では、原作のここの朋也とことみの会話は、素晴しいものがありました。しかし、京アニ版では、それは望むべくもないこと。もし京アニ版で再現しようとする動きを見せただけで、京アニ版Kanonの名雪さんのときのように、ドスを利かせた声で嘲笑されてしまうような気がします。



世界中のひとびとの善意が光の玉となって

私は、父からの手紙の内容が秀逸だと思うのです。

「ことみへ」

「世界は美しい」

「悲しみと涙に満ちてさえ」

「瞳を開きなさい」

「やりたい事をしなさい」

「なりたい者になりなさい」

「友達を見つけなさい」

「焦らずにゆっくりと大人になりなさい」


今のことみに一番必要なアドバイスがそこに記されていました。
論文のことがあったからこそ、ことみはこの父からの言葉を素直に受け入れることができたのではないかと感じます。
仮に論文のことが無かったとしても、父のことみは、幼いことみが自分達の跡を継ぐという選択をするのを見越していたように思われます。自分の子供が自分の跡を継ごうとする…子供のいない私ですら、その嬉しさは、容易に想像することができます。しかし、父は、そんな自分の気持ちは、二の次にして「やりたいことをしなさい」「なりたいものになりなさい」と告げています。父は、自分たちの跡を継ぐという目的に、ことみが縛られることが本当に嫌だったのでしょう。

仮にことみが論文のことなど無く、自分の意思で両親の跡を継ごうと決心したとします。自分の意思というところが曲者です。
この場合、この両親からの手紙は、ことみを「自縛」から解放できたのでしょうか。


ことみがクマのぬいぐるみを抱きしめたとき、祝福するかのような無数の光の玉。
世界中の人々の願いを叶えてあげたいという気持ちの象徴。
見える人が見たら、見えていたのでしょうか。

しかし、やはりここは初見のときも思ったのですが、16:9版が良かったです。


Acknowledgment
この文章の体裁は、たこーすけのちょろっと感想のたこーすけさんとさかなやさんとのコメントでのやりとりの後、私の文章中に「論文」が出てこないということから体裁だけでも論文形式にしてやれと思いついたものである。
この着想に至るきっかけとなりましたたこーすけさん、さかなやさんに感謝いたします。
また、最後までお読みくださいました方、ありがとうございました。



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この記事に対するコメント

This article has been cited by other articles:

CLANNAD 第14回 「Theory of Everything」(その1)
たこーすけの、ちょろっと感想, January 19, 2008
たこーすけ | 2008/02/01 4:08 AM
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