丈・獅子丸の咆哮 (新館)

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CLANNAD -クラナド- 第13回 「思い出の庭を」

第13回 「思い出の庭を」を観ての感想です。


まぁ、えらい薄味になってしもて…というのが第一印象だったのですが、あることがらを考え始めたことをきっかけにして、京アニ版CLANNADの見方がまったく変りました。その過程について書きたいと思います。


MBSで4:3版を観た後、ずっと考えて、ずっと調べて、ずっと書いてました。
一応16:9版を観てからちょっと追加してから上げました。


私にしては、珍しく、やたらと長くなってます。



あ……ちなみに、京アニ版CLANNADのことみの誕生日は、5月13日から変更になってますからね〜。京アニ版CLANNADでは、5月13日は、図書室で風子がことみにヒトデを渡した日だと思われます。ですから、京アニ版ことみの誕生日は、5月の末くらいに変更になってますからね〜。


光の玉について

今回、サブタイトル表示時に光の玉が新たに出現し、合計3個となりました。
なぜ、ここで増えたんでしょう?


私は、光の玉は、「願いごとが叶った証」「幸せの象徴」と考えておりました。

まず、この光の玉ですが、ことみを対象として出現したことは間違いないと思います。
そして、今回の光の玉の出現状況から考えますと、前回のサブタイトル表示時以降から、今回のサブタイトル前までに起こったことがらにより出現したと考えられます。
その間のことを振り返ってみますと、果たしてことみの願いごとが叶ったでしょうか?あるいは、ことみは幸せになったのでしょうか。前回を振り返ってみますと、サブタイトル以降は、「友人達と仲良くばか話をすることみ」「集団デートをすることみ」「朋也と一緒に、悪者から逃げることみ」「ムネガサワッテル」「過去のトラウマを思い出すことみ」「朋也がことみとの過去を思い出した」

振り返ってみても、どれもしっくりときません(「ムネガサワッテル」は朋也の願いが叶ったのかもしれませんが…)。

最初の光の玉が出現したのは、第7回「星形の気持ち」のサブタイトル時でした。公子さんが結婚を決意したその後でした。その次に2個目の光の玉が出現したのは、第10回「天才少女の挑戦」のサブタイトル、つまり、その前の回、公子さんの結婚式のあった後でした。

今回の3個目の光の玉について考えてみますと、最初、「朋也がことみと昔、出会っていたということを思い出す」ということが、この光の玉の出現の直接の原因になったのかとも考えました。しかし…どうも、違う。ことみ自身が「判らなくなった。思い出して欲しいのか、忘れたままでいて欲しいのか」と語っているように、ことみ自身にとっても、この時点では判断がつかないことがらだからです。


困りました。本当に困りました。光の玉を、「願いごとが叶った証」「幸せの象徴」と考えてしまうとどう考えても、ここでの出現はありえない。



で、前回を真剣に観直しをしてみましたところ、最高の笑顔を見せることみがいました。

「よーし。心のこもったプレゼントをするわよぉ。」の杏の言葉に、うなずくことみの笑顔でした。

これまで第2回の「たぶぇる?」のところの笑顔でもなく、第4回の「ことみちゃーん」と言われた直後のあはぁ…という笑顔でもなく……本当に心の底からの笑顔だと思いました。

これですか?これが、ことみの「願いごと」だったんですか?
しかし…まだ、このサブタイトル表示時点では、その願いは成就していません。
あれ?




原作では、ことみは朋也が友達を連れてこようとしていたことを知らない

原作と比べて薄味と感じたAパートのことみの回想中で、引っ掛かったことがありました。


「お約束したのに

 お誕生日には、お父さんもお母さんも一緒にいてくれるって

 朋也くんも来てくれるのに

 お友達も連れて、来てくれるのに」


ということみの言葉。


なぜ、ことみが朋也が友達を連れてくるということを知っているの?と思いました。
原作では、朋也は、誕生日プレゼントに何を買ってよいのかわからなかったため、友達を連れて行こうとします……。ことみにもそれは言ってません(原作テキスト確認済み)。

原作では、朋也が友達を連れて誕生会にこようとしていることをことみは知らない。
しかし、京アニ版CLANNADでは、朋也が友達を連れて誕生会に来ようとしていることをことみが知っている。


この違いに気が付いた時点で、京アニがどのような主題で、このことみ編を描いていこうとしているのかが理解できました。


朋也が数年越しに、約束通り、ことみの誕生日にことみのために友達を連れてくる話に特化してくるんだと。もちろん、最後の「奇跡」そして、「自縛」からの解放はあると思いますが。

京アニ版CLANNADの回想中のことみは、朋也が連れてくるという友達を楽しみにしていたところが見受けられるように思えます。しかし、原作中には、それはありませんでした。当然ですよね。朋也が何をしようとしていたのかをことみが知らなかったからです。

これに気が付くと、上で挙げた杏の「よーし。心のこもったプレゼントをするわよぉ。」という言葉に、ことみがこれまで見せたことのない最高の、心の底からの笑顔をみせた理由もはっきりします。

これまでことみは、

「私は学校では、独りだった

 みんなが読まないご本を読み

 みんなが考えないようなことばかり考えているから」

と語られていたように、友達はいなかったはずです。友達に囲まれてのお誕生会という経験はなかったと考えられます。朋也が初めて、そのような誕生会を開いてくれる…という期待は、朋也が来なかったことにより、そして、事故により、完全に壊されたわけです。そして、あの事故以来、友達に囲まれてのお誕生会というものは、ことみは自分の力だけでは開催することが不可能であり、そしてさらに、ことみ自身の「自縛」のため、一度も経験することはなかったことでしょう。ことみにとって誕生日に友人から、心のこもったプレゼントを貰うということは、とてつもなく大きく、そして、絶対に手の届かなかった「願いごと」だったわけです。





Aパートの回想が薄味に思えた理由

理由は、はっきりしています。京アニ版CLANNADでは不必要だったから、削除されたからです。

原作中のこのAパートの回想は、幼いことみが両親を失ったことの驚き→哀しみ→怯えという変遷を延々と描いていきます。裁ちばさみで鳴り続ける電話の電話線を切断する描写。誰もいない家の中で、裁ちばさみを握り締めたまま、廊下で眠ってしまい、目がさめた後、きっと悪い夢だったに違いないと再び、家の中を両親を探してまわる描写。母親の作ってくれた料理が無くなってしまうことに恐怖を感じながらも、来なかった朋也のために半分こを続けていくという描写。それはそれは、痛々しいものがあります。そんな「泣かしどころ」のAパートの回想を、すっぱり、削りました。アップルパイを半分こする描写だけでも十分、泣かせることができたにもかかわらずです。

原作で描かれているここの状況を知っている人間にとっては、今回のAパートは良く言って「薄味」、もっとひどい言い方をするならば、「全然、描けていない」ということになるのではないでしょうか。
この部分の感覚は、…私は、原作未経験なのでよくわからないのですが…、Old Dancer's Blog てりぃさんが書いておられますAIR第十一話の状況と酷似したものがあるように思えてなりません。
(ええ。AIRの原作は未経験なんです。持っているんですけど、ポテトが出てきたくらいで挫折してます。京アニ版からAIRに入った私は、原作が、どうにも展開が遅いように感じられて…ちょっと、辛抱ができないんです。。。。)

しかし、京アニ版CLANNADのことみ編で描こうとしている「朋也が数年越しに、約束通り、ことみの誕生日にことみのために友達を連れてくる話」には、必要最低限の描写でよかったのだと思います。

原作にあった伏線が、ことごとく削られたこともこれで納得できました。「また明日」も「半分こ」も、そして「端っこの方がおいしいの」も「今日のは粘土じゃないから」もすべて、このことみの回想への伏線になっているのです。つまり、このことみの回想をできる限り薄くするために削ったのです。


そしてそこに「悲しい話で泣かせることはしたくない。」という京都アニメーション、そして石原監督の意思を感じます。
だからこそ、必要最低限、今後につながる部分だけを残して、削ったのです。






京アニ版Kanonの名雪さんを思い出してしまいます


あと、さらにもう一つ思ったことがあります。次回、ことみ編の最終回となるわけですが、どのように解決するのでしょうか。これまた酷似している例を思い出すことができます。



京アニ版Kanonの名雪さんの話です。



一年弱前に、あーでもない、こーでもないと散々、考え抜いたあげく、当時、アニメ感想書きを始めたばかりの私は誤ったところに迷い込んでしまいましたが、あの名雪さんの話の状況と酷似しているように思えるのです。


原作の名雪さんの解決法を京アニ版の祐一は使用することができませんでした。何故か。祐一は名雪さんの恋人じゃなかったからです。
京アニ版CLANNADのことみ編でも、原作の解決方法をとることはできないと思います。何故か。名雪さんのときと同じ理由です。朋也はことみの恋人じゃないからです。
どのようにして恋人じゃない朋也が「お外」へことみを連れ出すのか。あるいは、ことみが「お外」へ出てくるのか。そこが次回の一つのポイントになってくると思うのです。去年、名雪さんで失敗した私は、きちんと正座して、予想することなく素直に次回を待ちたいと思います。





………なんで、私、「名雪さん」って書いてるんだ???
きっと、あの人のせいだ……。あの人が…名雪さん、名雪さんって、毎回毎回毎回毎回…書くから、うつってしまったんだ…。






ところで、じゃあ、光の玉って何なのか


さて、じゃあ、光の玉っていったい何なんでしょうか。
ふと、「願いごとが叶った証」「幸せの象徴」というのは、ベクトルが逆じゃないのかと思いました。叶っているかどうかは関係なく「他人の願いごとを叶えてあげようという優しく温かな善意の象徴」なんじゃないのかと考えました。

3個目に関しては、これでOKだと思います。杏にとっては、ごくごく普通の言葉であり、そして気持ちであったと思われるのですが、ことみにとっては、実現不可能であり、そして、ある意味、心の底から望んでいた「誕生日に心のこもったプレゼントを受け取る」という願いごとを叶えてあげようとする善意の象徴ということで。
では、1個目、2個目に関してはどうなんだろうと検証してみました。
私は、これまで1個目は、公子さんを対象とした光の玉、2個目は風子を対象とした光の玉だと解釈していましたが……違うんですね。この「光の玉は、他人の願いごとを叶えてあげようという優しく温かな善意の象徴である」という立場で考えると、1個目は、「風子の願いである公子さんの結婚のため、公子さんを説得した朋也の善意の象徴」であり、2個目が「公子さんの願いである妹、風子が幸せな気持ちでいれるように走り回った朋也達(さらに結婚式に参加した全員)の善意の象徴」だと思いました。


そう思いながら、風子編を観直しますと……これまで、泣かなかったようなところで、どばぁっと、目から変なあせが……。






今回、改めて思ったこと


「原作を知るものは傲慢であってはならない

 原作が再現されていないからと言って

 アニメをあなどってはならない

 そのアニメ独自の主題を正確に受け止めなければならない」

 ちょっと、字余り。


なんだか、原作を知る者をふるい落とそうとするかのようだと思えてしまいます。また、原作を知っていることが、デメリットになるかのようにも思えます。
上に挙げた「Kanonの名雪さんのラスト」であるとか、「ハルヒの「射手座の日」のラストの長門」であるとかと同じだと思います。原作を知っている者には、原作通りのものを提供しているかのようなフリをして、ベクトルを真逆にしたようなものをひっそりと手渡してきます。

これは果たして、視聴者を欺くために、また、「こんなことも判らんのか、あっはっは」と嘲笑うために、そのようなことをしているのでしょうか?

違いますよね。

京アニは、原作とは異なるメディア、そして、異なるストーリーで「同じ高み」を目指しているかのように感じられます。本物をいくら真似たところで、それは、偽物にしか成り得ません。本物と甲乙つけ難い別の本物を持ち出してくるしかないのです。ですから、京アニは、本物を作るために、全力を出してきているのだと感じます。


そして、ある意味、この京アニ版CLANNADは、石原監督と原作プレイ済みの視聴者との勝負になっているのではないかと思いました。
「製作サイドの京アニと視聴者、どちらの方がCLANNADを、より、好きなのか?」を問うてきているように感じられます。

ならば、こちらも全力で、送り出したものを受け止めてみせます。そして、考えます。




……ここまで書いてみて、石原監督がどこかで「自分の監督としての集大成を示します」的なことを言っておられたのを思い出しました。本当に「集大成」になってるんだ…と、あらためて、驚愕いたしました。

ならばこちらも、これまでに視聴し、そして、考えてきたという事実の「集大成」で応えるしかないようですね。






さて、通常の感想を……


論文を燃やしてしまったことみは、その贖罪の念から、両親の跡を継いで立派な科学者になろうとしました。ことみの時間は、あの事故の日以来、止まってしまいました。

私の超個人的な経験に基づく感想なのですが、
この「論文を燃やしてしまった」ということみの負い目があったからこそ、ことみは救われるのだと思います。
なぜ、私がそのように思うのかは、次回、あるいは、別記事で書きたいと思います。


「もうあんな悲しいことはいやなの

 大好きなひとを失くすのはいや

 今は帰って…」

朋也にそんな言葉を吐いたことみ。そしてそのまま、留学してしまおうとするわけです。

大好きなひとを失くすのが嫌だから、大好きなひとは、もう作らない。
大好きなひとを失くすのが嫌だから、大好きなひとのもとから離れる。
とても哀しい考え方です。

………………。





「自分のお家と

 芝生のお庭と

 お父さんとお母さん

 私の世界は、それで全部だった」


とことみが語っていましたが……さて、次回、どうなるんでしょうか。




あああああ。
…………なんだか、通常の感想が、今日は、書けねぇ。書きたいことを全部、吐き出したからなんですけどね……。
今回の感想は、これぐらいにしておきたいと思います。次回、必要があれば、今回のことも触れて書きたいと思いますので。。。。








ぐだぐだ話


私は、ぬるぬるべたべたの実験系の人間なのですが、純粋な理論系あるいは計算系のひとと組んで論文をまとめようとするとき、その組んでいる理論系あるいは計算系のひとが突然いなくなってしまうと……多分、めちゃくちゃ、困ります。こちらの手元には、通常、そのひとたちの求めた最終結論しかないので、中身がぜんぜんわかんないんと思うんです。論文をまとめる際に、よく、「ここの方法、書いて下さい」とかお願いしたりします。ですから、組んでいるひとが、ことみの両親のようなことになってしまったら……当日は、絶対に行かないと思いますが、適当な期間の経過後、「大切なデータ解析の資料が、パソコンに入ってますので、お貸し願えませんでしょうか。」とパソコンを貸してくれと申し出ると思います。
一方、実験系の私は、「私が死んでも、代わりはいるもの…」状態です。大元の実験データ自体は、持ち歩く習慣はありませんから、突然、私が死んでも、誰かがまとめることができます。もっと極端なことを言えば、同じ実験を、もう一度、誰かがやれば、それでデータになるんですから。

でも、パソコンで打つよなぁ…普通…論文って。
今どき珍しい、手書き派だったのでしょうか、ことみ父。
……というか、手書きだと投稿できんぞ、最近。
あ…タイプライターがあった。書斎の机の右奥に。4:3だと見切れてた…。
……最近は、タイプライターでも投稿できんぞ…。


あと……次回、「紳士」は、論文を書くことを職業とする者ならば、絶対に言わない、完全に興醒めするような白々しい、「あの台詞」を言うんだろうか?原作のあの台詞は、本当に、興醒めするから入れて欲しくないんですけど……。
私にとっては、「画竜点睛を欠く」というか、目を落としてしまうような台詞に思える恐ろしいものなんですけど………。
きっと、京アニなら……京アニなら……あの腐れた台詞は、削除してくれると信じています。。。。。。







最後まで、読んでいただきました方、ありがとうございました。


| 丈・獅子丸 | CLANNAD | permalink | comments(7) | trackbacks(8)

この記事に対するコメント

>………なんで、私、「名雪さん」って書いてるんだ???
>きっと、あの人のせいだ……。あの人が…名雪さん、名雪さんって、
>毎回毎回毎回毎回…書くから、うつってしまったんだ…。



  ( ゚д゚) ……………。
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_ 
  \/    /
     ̄ ̄ ̄

  ( ゚д゚ )
_(__つ/ ̄ ̄ ̄/_ 
  \/    /
てりぃ | 2008/01/25 9:35 PM
うわあああああああああああ。


こっち、見てるうううううううううう。
うわあああああああ。





いやいや、昨年、Kanonのことを書いていたときは「名雪」って書いてたんですけどね、私。今年は本当に構成を考えてる時点から、「名雪さん」だったんですよ。

いや、繰り返しの刷り込みって、怖いなぁと。


丈・獅子丸 | 2008/01/26 5:14 PM
こんばんは、お久しぶりです。
ちょっと、すごい考察ですね・・・
読み耽ってしまいました。

私は14話を既に見てしまってますが、多くのブログの意見を端的に言うと、原作派は「物足りない」という感想が多く、初見派は「駆け足だったけど感動した」というものが多かったように思います。卑怯っぽいけど私自身の意見はあえて書きません。
原作派の方の意見の多くは、ことみ編は朋也が一人でことみと向き合う事に意味があるのであって、杏達が出しゃばるべきではないといったものであったと思います。
それも一理あるのですが、アニメ版を一つの物語としてみると、丈さんのおっしゃるような意図があるならば、このように仕上げてきたのも納得がいくと思います。
あと、女子四人がこの件で深い絆が出来るというのも、今後を考えてると重要なんじゃないかと思います。
あああああ、長くなってすいません。
要は原作通りやってしまうと物語はそこで閉じてしまう。なので物語を広げる方向でアレンジしてるんじゃないかという事です。
原作を知ってるものには、それは監督の無理解によるものと写るかもしれません。私も全くそう思わなかったかというとウソになります。
しかし物語りのピースとしてことみ編を見ると、丈さんの解釈はすごく受け入れられるものになります。
問題は、それが視聴者に伝わりづらいって事でしょうか?
視聴者に要求するレベルが高すぎなんですよね・・・
ハンパですがこれ以上長くなるのもナンなんので、これにて失礼いたします。
駄文を投下して申し訳ありません。
maharia | 2008/01/26 11:40 PM
ぼくもぼくも!一言だけー!
こんばんは、たこーすけです。

改めて、熟読させていただきましたが、こりゃすごいす!
まじすごいです!
語彙が貧弱ですみませんw

あと、「論文」についてですが、丈・獅子丸さんの第14回感想の要素のひとつになっていましたら、どうぞこちらでの考察の方を優先なさって下さい。
ぼくの方のコメント欄には、「記事でうpしました」みたいな感じで問題ないです。
さかなやさんにも、こちらへ顔をだしてもらうようにするのも一手ですし。

それではー!
たこーすけ | 2008/01/28 3:37 AM
mahariaさん、ごぶさたしております。
2週間近く離されると、TBを打ち辛くて…。なんつって。
これまで、私の感想のうpの仕方が悪くて、いつ、TB打つのが良いのか、よくわかんない日々が続いておりました。はい。
ちょっと、今回、がんばってみましたので。


原作だったら、庭整備するのは朋也ひとりだったんですよね。言われるまで、ころっと忘れてましたwww。
なんだか「京アニ版あたま」になってしまってます。
で、mahariaさんのおっしゃる通り、「視聴者に伝わりにくい」という点ですけど、まさしく、その通りかと。
その点だけとっても、本当か?これ?という気もするんですが。。。ええ、「信者補正」の為せる業ですよ。

第14回、ほぼ想像(よ…予想じゃないんだからね…)通りだったのですが……意外なところで、滝漏れして……。で、次回の感想というか、考察もがんばってます。

また、来てくださいね〜。

丈・獅子丸 | 2008/01/30 1:04 AM
たこーすけさん、こんばんは。

なんとか、現在、考察終了。
構成を考えているところなんですが……

あれ?自分の第14回の考察内容に「論文」についての話、無いみたいです。。。。

また、結構な分量になりそうで、3日間ぐらいかかりそう…。BS見ながら、書くことになりそう。今回、キャプを用意しなきゃと思ってますし…。


「論文」関係のお話は、また、書きますね。


では、また。

丈・獅子丸 | 2008/01/30 1:13 AM
うわああああ。
すみません。すみません。


mahariaさん、雑文をお褒めいただきまして、ありがとうございます。

たこーすけさん、感激していただきまして、ありがとうございます。


お礼の言葉を忘れておりました。
すみません。すみません。すみません。

丈・獅子丸 | 2008/01/30 1:16 AM
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どうか返してください               /.:.:(  >: : : : : : : : : : : : :` <  ): : :\                 /.:.:.:(⌒>'´.:.:.:.:...
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