丈・獅子丸の咆哮 (新館)

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「かけんひ」と「スケッチブック〜full color's〜」と「CLANNAD」と

適当に書いた雑文です。
タイトルに、アニメのタイトルが入ってますが、アニメネタはほとんどないです。


「かけんひ」正式には、「かがくけんきゅうひほじょきん」と言うもので、大学研究室の研究予算になるものです。これが「当たらなければ」、研究室の年間予算などというものは、通常ほんの微々たるものなので、正直、何もできなくなります。例えば、昔、私がいた大学などでは、大学からの資金は年間50万円。後、教授に100万円。これで10人近くの学生さんを含めての実験費用を1年間、まかなえと言うわけです。無理です。
先日、およそ10年ぶりくらいに、この「かけんひ」の書類を書いてました。久しぶりに、思いっきり、自分の「夢」を書くことができました。もちろん、夢物語ばかりを書いていたら、「当たりません」から、「現実にここまでできていて、あともう少し、これだけお金があったら、こーんなことができるんですよ。だから、金、くれ。」的な書き方をするわけなんですけど。でも、現実のデータから言えることだけじゃなくて、こんなことになったら、きっと面白いなあということを、好き勝手に書けるって、楽しかったです。
ただ、今年書いたのは、当たらないだろうなと思う。5年間の業績を書けというところがあるのですが、そこには。特許出願1本しか、自分の名前のある業績が書けなかったから。だから、きっと無理ですわ、やっぱり。来年、書くときには、いくつかの業績が書けるはずと思っているんですけどね。今の研究室的には、研究費が不足しているということは、まったく無いのですけれど、とにもかくにも、自分の頭の中を整理するという意味で、自分の夢をまとめ直すという意味で、とっても楽しかったです。7年間ほど今いる業界から離れて、ぜんぜん「違う業界」で仕事をしていた私です。今の業界に戻ってきたのは、足掛け3年ほど前のこと。以前、「この業界」を去った理由は、今ならば「アカデミックハラスメント」だとか「パワーハラスメント」だとかで問題にすることができるような事由でした。

7年間、今とは、まったく異なる世界で、働いていました。当時の仕事は、今、思い出しても辛かった仕事でした。数字と結果だけが全て。そんな生活でも少なくとも、生きていけたのは、一緒に暮らしてた女性がいたからだと思います。さて、「スケッチブック〜full color's〜」というアニメが現在、放送されてます。以前にもちょっとだけ、書いたことがあるんですけど、ちょうどその当時、住んでいたところがこの「スケッチブック〜Full color's〜」という作品の舞台になっています。見ていると、すごく懐かしくなります。駅のようすだとか、街のようすだとか、周囲の山の雰囲気だとか。また、舞台になっている高台にある高校なんてのも、何度か行ったことがあります。仕事が終わった後、あの駅までよく迎えに来てもらってたよなぁとか、同じ花火大会じゃないですけど、作中であったような、ど平地のど真ん中で開催される花火大会を一緒に、観に行ったよなぁとか、ああ、あの辺も一緒に行ったことがあるよなぁとか、いろいろなことを思い出してしまいます。ようは、「スケッチブック〜full color's〜」を見てると、結構、幸せな思い出ばかりを思い出します。そりゃ、喧嘩もしましたし、最終的には彼女も私の元から離れていきました(だから気分的には、私は「ばついち」と名乗りたいです)。でも、思い出すことというのは、楽しかった思い出だけなんですね。

でも、実際は、抜け殻のような生活を送っていたのだと思います。夢を語ることもなく、日々の暮らしに追われていました。また、そこで、人間的にどんなに良い人でも、組織というものに組み込まれると組織の人間として行動するということを知りました。自分も組織の中に組み込まれて、組織の効率を追求する人間になっていました。



並行世界。



でも、自分の選択の結果、偶然、今の世界に帰ってくることができました。本当に偶然です。実家に戻ることを選択し、友人の会社に勤め、そしてクビになり、同じ苦労をするならば、実験ができる環境が良いと、ひたすら、実験ができる環境を探し求めた結果、唯一、ひっかかってきたのが、「大学の研究室」の技術補佐員。それが半年で、研究員待遇の技術補佐員になり、さらに一年で研究員に。で、技術補佐員3名と学生3名を抱えるグループのリーダーになり、どんどん、実験ができなくなっていくという面白いことになってます。実験ができる環境を求めたはずが、それを通り越して、再び、実験ができない環境に戻ってきてしまいました。正直、自分はこの業界に戻ってくる資格のない人間なんだとまで思っていました。でも、そんなことは勝手に自分で思い込んでいたようです。今やっているプロジェクトは、「私が参加していなかったら、進まなかった」とまでは、思い上がりはしませんが、「私が参加していなかったら、全く違ったものになっていた」くらいには、思えるようになっています。自分から見て、「このひとには、かなわんなぁ」と思えるような人が、私のことも同じように「かなわん」と思っているということも知りました。ひと、それぞれが、そのひとにしかできないことを目一杯、やればいいんだということを知りました。

「ひとは何かを得るためには、それ相応の代価を払わなければならない」などというような等価交換の原理が働いたとも思いません。今の生活、仕事を得るために何かを失ったとは思っていません。



いくつもある世界。



これまでの人生のなかで、いろんな選択肢があったと思います。いろんな行動があったと思います。その度に何かが動いていったと思っています。
何度かあった、結婚という機会を逃してなかったら、いろんなところで、人生が変っていただろうなあと、正直、思います。単純に考えて、まず、それ以降の転職はしてなかっただろうと思います。いろいろと考えることはできるわけですが、結局、想像することしかできません。でも、今、ここで、こうして、こんな文章を書いている自分は、絶対にいなかったということぐらいしか、わかりません。もしかしたら、時期によっては、最悪のBADエンドを迎えていた可能性すらあったということくらいは感じてますけど。でも、具体的にはまったく、わかんないです。



ひとつひとつの選択と、それにからむ偶然で、その先の人生がまったく変ってきます。



突然、CLANNADが出てきますが……原作での朋也は、たったひとつの選択でまったく異なった人生をおくることになります。例えば、中庭でひとりあんぱんを食べる渚のところへ行くか、行かないか…とかで。自分の人生では、違う選択肢を選んでしまった場合の自分を見ることはできないわけです。アニメ版のCLANNADは、(たぶん)一本道になっているため、その異なる人生を見るという楽しみは削がれてしまったなぁと思っています。

一つの選択肢を選択するということは、残りの可能性をすべて消すことになります。残りのその時点で分岐して出来上がる並行世界の自分を消すことになります。でも、「今が最高!」と思えるように生きていけたらいいなと思っています。

でも、その残りの並行世界というのも、ひょっとしたら、実は存在したままなのかもしれません。自分には感じられないだけなのかもしれませんが。「向こう」にいる自分も「今が最高!」と思える人生を歩んでいてくれれば嬉しいですね。





なんだか、博士論文を書くのに修正するのに(自分のじゃないです!)疲れて…こんなもんを書いてしまいました。なんで、この期におよんで、もういっかい、博士論文書きなんぞをせにゃあならんのだ……ああ、文章が固い。。。。。論文用の文章の影響だ、ぜったい。第6回の感想が書けねぇ……。 ひたすら第6回を繰り返し見ながら。。。。。


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こんばんは、たこーすけです。 「CLANNAD」第2話の感想記事の更新は、また後日。 「CLANNAD」第2話を視聴して、第1話を観直して、ちょっと思うところがあったので、それを書きます。 考察とかではなく、極めて個人的な思い出話です。 以下、「CLANNAD」第
朋也とキョンとらき☆すたと。 | たこーすけの、ちょろっと感想 | 2007/11/22 3:19 AM