丈・獅子丸の咆哮 (新館)

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「フルメタル・パニック!TSR」 レビュー

京都アニメーション制作。時期的には、AIRの後、ハルヒの前である。原作ラノベの「終わるデイ・バイ・デイ」(上)(下)をアニメ化したもの。全13話。



もっと早く出会いたかった作品でした。そしたら、人生、変わってたかもしらんねと思った。



もっともっと早く出会いたかった。そしたら、もっともっと、人生、変わってたかもしらんねと思った(後述)。



OPが秀逸。今でこそ、落ち着いて観られるけど、一度通して観た直後などは、再度、OPを観ただけで、涙が止まらなくなるなるような作り込まれたOPだった。AIR以降の京都アニメーションらしさのよくでた光の使い方がうまい、すぱんすぱんカットが切り替わるすごいOP。



1話から4話までが、アニメオリジナル展開。敵方の双子のねーちゃんの強靭さ、敵方戦隊長(?)ゲイツのイカレさ加減を印象づけるために設けられたような部分。非常によくできており、3話、4話を連続で観ると秀逸。



しかしながら、放映当時、中盤の「鬱展開」で視聴を断念した方も多かったと聞く。



主人公、宋介が任務を解かれ、かなめの元を離れなければならなくなるのである。それをきっかけに宋介のヘタレっぷりが全開になるのである。



解任の直前、というか視聴者には、暗に解任という事実がわかっている状況で、かなめが宋介の髪をカットしていくシーン、そしてその後のやりとりは、それはもう、心が痛むというか……。



劇中では、へたれ始めた宋介に新任のクルーゾー中尉が、こう感想を述べる。



 



「悪意はゆっくりと醸成される。 まず自分を偽り、次に周囲を恨み、 最後は世界の全てを冷笑するようになる。 ゆっくりとな。 時計の短針のような遅々とした変化だ。 だからこそ恐ろしい。」



 



劇中では、テロリストはこうして出来上がるという意味で使われていました。



しかし………大なり小なり、仕事というものを持つ人間には、この言葉は、思い当たることがあるのでないでしょうか。ふとしたことをきっかけに仕事がうまくいかなくなる、そして悪循環が始まる。そして、自分がどんどん、なさけなくなってくる。そんな中、あがいてもあがいても好転することなく、ただひたすら堕ちて行く。…………………私は、そうなって大学を辞めました。というか、正直に言って、本当に「逃げ出し」ました。だから、手元に残ってる専門書なんてほとんどないです。自分の大学での研究室の荷物は、全部、放置したまま、出奔しましたから。辞める前、3ヶ月は大学に出勤できませんでした。ほぼ、引きこもり。事務の人が自分の家まで、退職関係の書類を持ってくるくらいで…。



ま、私ほど、極端に走るケースは少ないかと思いますが……似たような状況は、みなさん、経験されていると思いますが…。



そんな、己の経験と主人公、宋介のヘタレっぷりがシンクロしてしまうわけで。で、あげく宋介は、任務放棄。



そりゃ、観るのやめる人も多かったろうに……。



 



 



 



 



で、最終話Aパート、ラスト。



そんな堕ちきった宋介にかなめがかける言葉が、



 



「疲れちゃったんでしょ。言い出せなかったんでしょ。宋介、すごくまじめで、気が弱いから…それで、何もできなくなっちゃったんでしょ。」と。



それに続けて



「だめ男。臆病者。へたれ。弱虫。」と四連発の口撃。



「だけど……(略)……だめな奴だけど、何とかする。そういう奴だと思ってたんだけど」



「俺が……だめおとこ……」呆然とする宋介。



「だって……。そうじゃん。」とにっこり微笑むかなめ。



そして、宋介の心とシンクロするように、夜が明け始める。



 



 



文章にすると、陳腐である。しかし、ぐりぐり動く映像、表情、美麗な映像の中で言われると素直に心の中に染み込んでいくのである。ちなみに原作では、四連発ではなく、「もう……臆病なんだから」だけであった。



このシーンを観たときに、正直に「ああ、俺があの時、こんなことを言ってもらえたら、また、今とは違った人生を歩んでたなぁ」と思い、涙が止まらなくなりました。あがきまくっている人間は、自分のことを盲信して、自分を強いなどと思い込み、そして、あがきまくっているわけで。自分がヘタレであることを認め、ヘタレの割りによくやっていると思うことができれば、多分、事態は好転することが多いのではないだろうか…。少なくとも、精神的に「焼き切れる」ことは、ないだろうなと。当時、これと似たようなことを私に言ってくれたのは、亡くなったねーちゃんだけだった。でも、凝り固まった私には、当時、意味が分からなかった。



 



 



 



 



 



 



 





たった一人で心を病みながらも、戦い続けている女性がいた。彼女のことを、一緒にいて、なんとか手助けをしたいと思った。しかし、彼女の心は、頑なで、唯一、手を差し伸べる私を受け入れるどころではなく、その手を拒絶した。そして、家族からの手も拒絶した。だから、私は、彼女から離れるしかなかった。



そんな、経験があるわけだが…。その彼女に、私がかなめのような言葉を言うことができれば、救えたのかなぁとも思ってしまうわけで。



 



 



 



 



 



 



 



 





このプロットを考えた、原作そしてこの回の脚本を書いた賀東招二さんは、すっごいと思うわけである。自分の体験に基づいているのであろうか。や、小説家が実体験に基づいてしか書けないということは、小説家として失格であろうから、そんなことはないかもしれんが。しかし、アニメ化を担当した京都アニメーションのスタッフは、それを意図して制作したとしか思えなかった。一方、原作は、私にはなぜかあっさりと読めてしまったため、アニメ版ほどの涙腺攻撃力がないように思えた。繰り返し本を読む習性のある私には、2度目を読むのがあまり面白くないように思えるのである。作者の文体との相性というのもあるのかもしれないが、原作は「繰り返して読む価値」が無いように思う。



例えば「灼眼のシャナ」シリーズは、何度、繰り返して読んだか不明な程、繰り返して読んでいる。作者は、すごいうまいと感じさせる。また、細かな心情の描写が唸らせられるものがある(その分、アニメの駄目さ加減が浮き彫りにされるわけである)。しかしながら、原作フルメタル・パニック!シリーズは、繰り返しの読書に耐えないというわけである。私の甥も、意味不明なほど、繰り返し本を読む方であるが、今回、読んだフルメタル・パニックシリーズは、その甥が捨てようとした本の中にあったものを拾いあげたものである。だから、再読する価値がないと思うのは、私だけではないらしい。



しかしながら、アニメは、何度でも見返してしまう。特に最終話。



前述したかなめのせりふのあるAパート。しかし、ここに書いたところの前後があるからこそ、そのせりふが引き立つというもので……。



で、Bパート始めの、魔物か悪魔のような姿勢をとった5機のヴェノム。これでもかというくらいの禍々しいBGM。クルーゾー中尉の絶望感が、ひしひしと伝わってくるところが秀逸。



敵方、ゲイツの狂気の描写。



で、復活した宋介の活躍。



………んんんんんんんん、何度見ても、泣く。



 



 



そう考えるとアニメは原作小説を超えていると言って良いのではないかと。



やっぱり、京都アニメーションはすごい というわけですなぁ。



小ネタ



原作では、この話以降、宋介の乗る機体「アーバレスト」のAIのアルがどんどん「ガルディーン」化していってました。それの片鱗は、OVAでも見ることができます。



長門がカマドウマに使ったのは、間違いなく「ラムダドライバ」です。「涼宮ハルヒの公式」によると、脚本段階ではキョンの台詞に「らむだどらいば!?」というのがあったそうですが、「斥力場!?」に変更になったそうです。




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こんばんは、たこーすけです。 「CLANNAD」第2話の感想記事の更新は、また後日。 「CLANNAD」第2話を視聴して、第1話を観直して、ちょっと思うところがあったので、それを書きます。 考察とかではなく、極めて個人的な思い出話です。 以下、「CLANNAD」第
朋也とキョンとらき☆すたと。 | たこーすけの、ちょろっと感想 | 2007/10/23 2:38 AM