丈・獅子丸の咆哮 (新館)

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CLANNAD 〜AFTER STORY〜 第16回 「白い闇」

CLANNAD 〜AFTER STORY〜 第16回 「白い闇」を観ましたので感想などを。




Aパート

観たときにですね、結構、真剣に思い出そうとしたんです。原作であったっけ?と。
朋也の言葉なんですけど…「そっちの世界でも、俺達みたいな連中が、にぎやかにやってるのかもしれないって」

それと言いますのも、私、以前にほとんど同じことを書いているんですね、この『「かけんひ」と「スケッチブック〜full color's〜」と「CLANNAD」と』という記事で。
この手の記事ですと、私、意識してネタばれをぶっ込むこともしょっちゅうあるのですが、この記事のときばかりはまったくそんなことをした覚えがなかったのです。

一昨年の11月の終わりですから、無印風子編の真っ只中に書いた記事なんですけど、果たしてなんでこんなことを書いたんだろうと。……いや、書いた状況は、記事中にあるそのまんまなんですけど……原作にこんな言葉があったんだろうか?と真剣に考えましたよ。多分ですけれど……原作を改めて全部やったとかじゃないんですけど……こんな言葉はなかったはずだと思います。

結構、この記事を書いたときって、原作を俯瞰するような立場で私は書いてるんですよね。並行世界というものを意識しながら、原作をやり終えた感想として、私は、『「向こう」にいる自分も「今が最高!」と思える人生を歩んでいてくれれば嬉しいですね。』などと書いたわけで。

まさか、その言葉と似たようなことを朋也に言わせてくるとはね。。。。

原作をやった者の正直な感想というつもりで書いたんですよね。しかも、京アニ版が一本道だということを知ったばかりのころでしたので、結構、そのことにショックを受けて書いた覚えがあるのです。
それを、よりによって朋也に言わせてくるとは。。。。


また、以前、無印第12回の感想で以下のように書いておったのですが、

『「理」の面から、このCLANNADの世界の真実にもっとも近づいたのが、故一ノ瀬夫妻だったわけです。
一方、感覚面から、このCLANNADの世界の真実にもっとも近づくのが、風子になるわけです。』

一本道でつないできたからこそ、「理」の面からこのCLANNADの世界の真実にもっとも近づくのが、ことみになるわけです。
そしてさらに追加されるのが、感情面から、このCLANNADの世界の真実にもっとも近づくのが、椋であったと。

さて、風子はといいますと…今後のことになります。

椋までは想像ができませんでしたけれど、ことみに関してはまぁ、予定調和という感じでしょうか。ひとつの解釈であり、決して、これが正解というものではないのでしょうけれども、この世界の解釈が今回、オープンにされたわけです。石原・志茂の解釈と言ってもよいわけですが。
ただ、原作ではこの場面には、椋もことみもいなかったわけでして。
いたのは、春原、仁科さん、杉坂さんという組み合わせ。そこで語られるのは、春原の今回あったやりとりだけだったわけです。
ここに、杏、椋、ことみを投入してくることができるというのは、やはり、良いものです。
そして、その一連の流れの中で、CLANNADの世界を俯瞰したかのような言葉を朋也に言わせ、そして、幻想世界とリンクさせる。
私は、この原作咀嚼力は、流石だと思ってしまうんですよね。



「じゃあ、ひょっとしたらさぁ、この中の誰かが、僕と付き合ってるみたいな…そんな世の中があるかもしれないよねぇ」と言う春原に「私とだけは、絶対に有り得ないから」と答える杏。
杏ルートの前ふり、きたあああああああ。などと思った不謹慎者は私だけでしょうか。
無印DVD第8巻の智代のあれっぽいもので、ぜひ、お願いしたいと思ってしまいます。



「LOVE & SPANNER」はあれだけですか。芳野の話の後始末としては。と思いました。再び、自分のやりたい音楽をやり始める葛藤、朋也たちの手伝いとかもあってもよかったと思うのですが……。



町とのつながりをあえて、薄くしてきているのでしょうか?なんかそんな気がします。もっと原作では濃いのですけれど。例えば、病院建設予定地での朋也と秋生の会話とかも。原作では、もう少し、追い込まれているんですけどね。
今後、大丈夫なんだろうか…と思ってしまうのですが……。
でも、なんとなくなのですが、大幅に変えてきそうな気がするのですが…。違うかなぁ?このまま原作と同じようにつなぐとラストが破綻しそうな気がするのです。破綻とまでは言わないのですけれど…。この辺りは、別記事で書きたいと思います。



「俺となんか出会わなければ」

冒頭から朋也が言う言葉なんですけれど……私自身、そんなことを思ったことがあるのかと言いますと……そこまで思ったことは、ないんですけれど……そう思いかけたことは正直あります。例えば、時期限定だったりもしますけれど。こんな時期に俺なんかに出会わなかったら…とかね。祈りの対極にあるものなんですよね、この考えというのは。願いを叶えて欲しいというのが祈りであるとするならば、対極にあるのは、「呪い」ではなく、すべてを無に帰して欲しいという気持ち。自分の気持ちだけでは、自分の力だけでは、どうしようもないことに出会ってしまった時に陥る気持ち。。。どちらかというと、自分の無力を思い知ったときに、すべてを無に帰したいという気持ちの表れ。逃げと言われれば、確かにそうなのかもしれません。しかし、実際、そうなってしまうのではないでしょうか。
私は、そう思うんですね。



渚のお腹を触ろうとする春原

ここだけが、私、違和感を感じたんですね。これは私だけなのかもしれませんけれど、自分の妻ならば、多分、なでてあげることができるんだろうと思うんですけど。他人のは、私は怖くてダメでした。
自分の実の姉ちゃんが妊娠してるときも、「ホレ、なでてみ!」とか言われましたけど、無理でした。なんだか、本当に怖くて。というか、おそれおおくて。




「2人が人生、ずっと先に行っちゃった気がしてさ…」との杏の言葉。

………ええ。私ゃ、ずっと、周りのひとたちにそう思ってますさ。
ただ、自分が物心が既についている頃の自分の父親の年齢になっている自分がいるわけで。改めて思うのが、自分の父親というのも、こんな風な精神状態で父親をやっていたのだろうかと不思議に思うのですね。
もっと、父親というのは、物事をわかっていたように、子供の自分は思っていたわけなのですが。
しかし、手探りで父親を演じていたのかもしれない、そう思えるだけの歳になってしまっている自分がいるわけです。
周囲には、若いものが多い環境にいる私で、明らかに自分の子供と同じ年齢かもしれない人たちと過ごしているような自分がいるわけでして。



病院で産むことにした

それは確かに、その方が自然だと思うのです。ただ、それであるが故に、やはり、「この町」との結びつきが薄くなっていることは事実なんだと思います。だからこそ、今後、何をしてくるのかの予想がつかないような状況になっていると思うのですね。汐の今後がどのように描写されていくのかが、ひとつのポイントになってくると思うのです。






Bパート










「白い闇」このタイトルがすべてだと思いました。
渚視点で描写されるところが、私は、凄いと思ってしまいました。
音楽も凄いとしか言いようがありませんでした。















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                            あっ、気づかれた!
Clannad After Story 第16回「白い闇」 | Old Dancer's BLOG | 2009/02/20 9:32 PM