丈・獅子丸の咆哮 (新館)

日常について、ゆるゆると語る。
アイカツについても、ゆるゆると語る。
そんなブログ。
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「お前には関係ない」にまつわるおもいで

昔々のこと。





研究を続けていくことに自信を無くしました。
才能とかとは全く違った次元の話でです。
逃げ出しました。あんなに楽しかった世界から。あんなに楽しかった暮らしから。
文字通り、本当に、逃げ出しました。


そして、まったく違う職につき、日々、暮らしていました。


その間、ギャンブルにも手を出しました。
ギャンブルと言っても競馬とパチンコぐらいですけれど。
特にパチンコなんていうのは、やっている最中は、頭の中を真白にすることができます。
何も考えなくて済みます。嫌なことも全て。
そんなことで、かろうじて精神のバランスをとっていたのでしょう。


そして、そんな状態のまま、生まれ育った町に帰ってきました。
かつて、研究者としての夢や希望を胸に抱いて出発した町です。
そこへ、研究者ではなくなった、失望や絶望そんなものすら感じなくなった状態で帰りつきました。


ほんの偶然、以前に付き合っていた彼女が家を訪ねてきました。夏のことでした。
彼女は当時のボロボロの夢も希望も何もない自分のことを認めてくれました。
そのことが嬉しくて嬉しくて。そのことに助けられて。
涙が出そうになりました。
そして、そんな彼女が愛おしくて愛おしくて。
「好きだ」といいました。「私もよ」とあっさりと言葉が返ってきました。
焦って「どちらかと言うと、『愛してる』の方なんやけど」といいました。
「私も、『愛してる』の方よ」と返ってきました。
そして「結婚してください」と言われ、「うん」と返事をしました。





しかし彼女には、なやみごとがありました。



なんとかしなきゃ。
焦っていろいろと言う私に、彼女は、怒りや焦りを隠すことなく、こう、吐き捨てるように言いました。


「あなたには、関係のないことですっ!」と。


そこにあったのは、完全な拒絶の意思だけでした。
その年の冬のことでした。
私の心は砕け散りました。



結構、壁を殴ったりする習性があったのですけど、その時は壁、殴ったかな?
忘れました。



あれから年月は流れ。
今、再び、研究者として生きている私。
実験ができるだけでいい。
それが花開き実を結んだ結果。これもまた、偶然がなせるもの。
まぁ残っているのは、「教授から逃げ出した奴」、「研究から逃げ出した腰抜け」ってなレッテルぐらい。これは、結構、付いて回るんだな、実際。
「問題有りそうな奴」ってね。

ギャンブルは…やってない。いろいろと考えることが多過ぎるので。
頭の中を真白にするには時間がもったいない。
昔、暮らしていた土地へ行ったとき、よく行っていたパチンコ屋に立ち寄って、打ってみたけど……早く無くなれとか罰あたりなことを思いながら打ってた。
もう、できないな。

今は、壁は殴らない。
ピペット操作に影響がでると嫌だから。
あんまり、派手な筋トレなんてのもしない。
ピペットの先が振るえたら、正確な操作ができないから。




研究者として、楽しく、生きています。そう伝えたい。それだけ。。。。












だから、三次元が嫌で、二次元に走ったとかじゃねーんだからな!







| 丈・獅子丸 | 日記など | permalink | comments(3) | trackbacks(0)

この記事に対するコメント

In case of me

いわゆる大企業というヤツで、東京で暮らしていました。

ある時点までは、幸せだと思って頑張っていました。

だけど、途中で頑張れなくなった。

誰も自分を評価しない、罵倒しか浴びせられない、そういう部署に行ってしまって…無駄に空回りしつつ、ダメ出しをされるのが半ばわかってても家に持ち帰った仕事を深夜までし、そうして翌朝職場で罵倒されてまた持って帰る…その繰り返しでした。

自分を扱き下ろすことしかしない上司に、「お前、一体どうして欲しいんだ」と聞かれました。私は、迷いに迷った挙げ句、やはりこう言いました。「誉めて下さい」と。自分のレベルが低いのは何となくわかってる、だけど、どこがどう悪いのか、どこを直したらどうよくなるのか、全くわからないままで辛いんです、と。だからせめて、ちょっとでも良くなったと思う部分があったら、その部分について具体的に教えて欲しいと。そうすれば、次からはその部分を伸ばしつつ、他のところも直すように頑張れるからと。そうお願いしたんですね、すがるような気持ちで。

でも、この上司は「誉めること」のできない人でした。結局、罵倒されまくり、「やっぱりダメだよお前は」と言われた時、もうどうにもならないと思いました。職場で堪えきれずに泣きました。自分はこの職場に潰されると、本気で危惧しました。

それでも、転職には抵抗があったんです。逃げ出したら、もう自分は一生負け犬のまま、業を背負って生きていくことになるんじゃないかと。怖かったんです。辛かったんです。でも、結局、妻に尻を叩かれるような格好で、転職の道を迷いながらも進みました。

今は、これで良かったのだと思っています。いや、「これでも良かったのだ」の方、かな。転職した後にも、自分の病みには出会いましたから…。でも、それも乗り越えて何とか、自分は今こうしてここにいます。

違った人生もあったのかもしれない。だけど、今は「これで(も)良かったのだ」と思える。だったら、自分にとって今の状況はオッケーなのだろうと、ようやく確信を持って言えるようになりました。その間、ほぼ10年。人生は決して長くないのに、結論(みたいなもの)に辿り着くまでの時間の、何と長いことか。でもみんな、そうやって「自分」を見つけていっているのだろうなと、そう思うんです。

〜〜〜

丈・獅子丸さんも、今までの色々な辛い出来事を乗り越えて辿り着いた、カレーやらおでんやらを作ってブー垂れることもある今の生活が、私の目には幸せそうに見えるんですよ。もし違っていたら申し訳ないんだけど…あなたの今の幸せに、そしてこの先の幸せに、より一層の幸あれと、僭越ながら祈る次第でございます。

人間って、黙ってても悩む生き物だから。どうせ悩んだり頑張ったりが必要なら、頑張って「悩んだその先」に価値を見出そうじゃないですか。私も引き続き、日々に迷いながら、それでも日々の幸せを探し続けていきたいと思います。一緒に、頑張りましょ?
てりぃ | 2009/01/25 2:38 AM
あっれぇっ?
なんだか涙がとまんないんですけど…。
てりぃさん、ありがとうございます。
なんだか、背中を押してもらった気がします。
今回のこれ、そんなに愚痴のつもりで書いたわけじゃなかったはずなんですけど……。ただ、今のところちょっとオープンにできない悩みがあるのは事実なんですけど……なんかそんな今の迷いみたいなものが出てたんですかねぇ。
や、書けるようになったら、何が起こったのか書きますけど、本当にありがとうございます。



私の場合は、大学という閉鎖的な環境で、直属の上司が教授で、部下は当時、助手であった私一人でした。
教育という名目で、何でもやるひとでした。
学生を呼び出して何時間もデータを前に「お前はわかってない」と説教を続けるようなひとでした。私の目から見ても、明らかに無駄と思えるデータ整理法を学生に強要したりもしてました。論文が読めないとなると、これまた、学生を何時間も英語論文を前に罵倒し続けたりしてました。
学生が辞めることもごくごく普通でした。4年生の場合はなんとか他の研究室に移って卒業だけはできるようには、手配してもらっていました。毎年、そんな学生が出てくると、学科長の他の教授のところへ、私がお願いに行ってました。私が辞める直前なんかは、私が顔を出すと「○○(学生の名前)の件ですよね。どこの研究室に行きたいって言ってますか?」ってな感じで他の教授もわかってらっしゃって、ものすごくスムースに話が進むのは、笑えない事実です。ただ、大学院修士課程の学生は、対策を講じる暇もなく、あっさり辞めてました。
学生の家に電話して「死んでしまえ」と留守電に吹き込んだという信じられないこともしてました。
そんな環境では、研究などというものも進むはずもなく。大切に技術を教えて、なんとかデータが出せるようになったくらいに、来なくなる…そんなケースが多かったですから。
学生のテーマ決めのときなどは、私の出す意見は、ほぼ完全に潰されました。「そんなことをやって、何が面白い?何の役に立つ?」と。その時に、一つ出して潰されたネタが現在、製品化されているのは、結構、愉快でしたけど。ですから予備実験をあらかじめ私がやっておき、十分に勝算があると示しておかないと私の話は絶対に通りませんでした。
その割に自分の出してきた、何が面白いのか分からないようなテーマをごり押ししてくる。
で、そんな無茶苦茶なテーマを押し付けてきて、研究が進まないのは全て、私のせいにしてきます。
なんとかなりそうな実験テーマを探して、私が予備実験を半年くらいかかってやって、あとはこのデータを出すだけですからと、教授を説得して、翌年の学生さんにまかせる。学生さんも、そんな環境の中でのびのび実験できるはずもなく、中途半端で終わる。その後片付けを翌年、私がやる。それとともにさらに次のネタを探し、予備実験。後年は、ひたすらその繰り返し。
何年かすると、それまでの結果を論文にまとめろと。これだけのデータで、どうやってまとめるんですかと尋ねても、とにかくまとめろ。無理やりまとめてみて投稿してみても、やはり、落ちる。落ちたのは、お前のせいだと。
結局、お前の管理が悪いからだと、すべての悪意が私に向けられました。
罵倒されながら、涙を流し、自分の髪の毛引き抜いても、よく耐えたと思います。暴行事件、傷害事件、毒物混入事件などを、本当によく起こさなかったものだと。
すべての持ち物を残したまま、逃げ出しました。学位記だけは、学生にこっそりと持ちだしてもらいましたけど。私の私物は全て捨てられたそうです。専門書とかもいっぱいあったのに。
今だったら、明らかに「アカハラ」とかで新聞沙汰なんでしょうけどね。当時は、そんなのありませんでしたから。


今の環境は、そんな以前のところと比べるまでもなく、幸せです。もちろん拡張していくことは必要なんですけど、「私にできること」をやればいいということを初めて知りました。チームで動くということの大切さを初めて知りました。



……いや本当に、今の私の悩みを見透かされているような気がいたしますが…

最後に、てりぃさんのお言葉をそっくり真似して……

私も引き続き、日々に迷いながら、それでも日々の幸せを探し続けていきます。
一緒に、頑張りましょう!


本当に感謝です。ちょっと、ふっきれました。


ありがとうございます。
丈・獅子丸 | 2009/01/25 10:27 PM
うん。

「どんなに追い込まれても、暴力事件や毒物混入事件、そして捏造事件を起こすこともなく、6年のブランクがあっても衰えることのない研究への情熱を持った私。」
これが、私。

そう思うことにします。
丈・獅子丸 | 2009/01/26 10:30 PM
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